2015年06月11日

大相撲と糖尿病2

大相撲では、身体を大きくする(太る)ことも大切な「仕事」といわれます。

太りにくかった大関・貴ノ花や若嶋津などがこのことで大変苦労したようです。

大相撲などでは、身体を大きく(太る)ため、大食などになりがちです。

「(たくさん)食べること」も「仕事」のひとつなわけですね。

生活習慣病の一つといわれる糖尿病は「食べること」つまり「食生活」などとも深く関わります。

大相撲と糖尿病の関係はかなり深いといえます。

一般によく知られているだけで、糖尿病だった大相撲力士には、照国、常陸山、柏戸(剛)、隆の里などがいます。

実際には、もっと多くの糖尿病患者がいるでしょう。

元大関の魁傑や若秩父なども糖尿病だったといわれています。


糖尿病は現代医学では完治しないといわれますが、私は独自の方法で糖尿病を完治させました。

糖尿病を完治させた経緯についてはコンテンツ「奇跡の完治」を、完治の方法をまとめたレポート「奇跡の完治」の申し込み、レポートの入手方法については「レポート奇跡の完治ー申し込み」をご覧ください。

(この記事は、サイト「メインウェーブ」の記事「大相撲と糖尿病2」をそのまま転載したものです)
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2015年06月09日

優勝力士一覧と三賞力士一覧

最近の大相撲夏場所では、照ノ富士が優勝し、大関昇進を決めましたね。

照ノ富士は、三賞の敢闘賞も受賞しました。


宝暦(江戸時代)の優勝相当から現在までの優勝力士一覧と歴代の三賞力士一覧については、サイト「メインウェーブ」の「優勝力士一覧」と「三賞力士一覧」をご覧ください。
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2015年05月14日

柏戸剛と糖尿病

食生活などとも関わることもある糖尿病と相撲はかなり関係が深いといえます。

糖尿病の治療で服薬のほかに病院や医者の方針などにもよりますが、インスリンの注射があります。

第47代横綱・柏戸剛は、インスリンを注射しながら現役を続けたことでも知られています。

まさに壮絶ですね。

第59代横綱の隆の里などもインスリンの注射をしていたといわれます。



私もかつて糖尿病でインスリンを注射したことがあります。

インスリンを一番多く注射した時で、朝11単位、夕13単位でした。

よくぞこの状態からまさに「奇跡の完治」をしたと思います。


糖尿病は現代医学では完治しないといわれますが、私は独自の方法で糖尿病を完治させました。

糖尿病を完治させた経緯についてはコンテンツ「奇跡の完治」を、完治の方法をまとめたレポート「奇跡の完治」の申し込み、レポートの入手方法については「レポート奇跡の完治ー申し込み」をご覧ください。

(この記事はサイト「メインウェーブ」の「柏戸剛と糖尿病」をそのまま転載したものです)
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2015年05月13日

大相撲と糖尿病

大相撲といえば、巨体、大きな身体、太い身体などを思い浮かべます。

肥満や大飲・大食などを思い浮かべます。

食生活などから生活習慣病は、いわば力士(相撲)の「職業病」ともいえ、生活習慣病の一つである糖尿病も力士(相撲)の職業病ともいえます。

有名なところでは、照国、常陸山、柏戸(剛)、隆の里などで、栃錦の春日野親方なども糖尿病だったといわれます。

上記は有名な超メジャーどころで、細かく調べればまだまだ糖尿病だった力士が出てくるはずです。

大相撲と糖尿病の関係はかなり深いといえます。



糖尿病は現代医学では完治しないといわれますが、私は独自の方法で糖尿病を完治させました。

糖尿病を完治させた経緯についてはコンテンツ「奇跡の完治」を、完治の方法をまとめたレポート「奇跡の完治」の申し込み、レポートの入手方法については「レポート奇跡の完治ー申し込み」をご覧ください。

(この記事はサイト「メインウェーブ」の記事「大相撲と糖尿病」をそのまま転載しています)
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2015年03月31日

白鵬の報道陣への対応

つい先日、大相撲春場所が終わりました。

白鵬の6場所連続優勝、通算で自身の史上1位を更新する34回目の優勝となりました。

いうまでもなく、白鵬は、数字・記録の上では、昭和の大横綱・大鵬を超える史上1位の34回の優勝、江戸時代の大横綱・谷風と並ぶ史上2位タイの63連勝などの大記録を築いた大横綱ですが、今年の初場所での勝負審判批判以後は、報道陣への対応では、あまり良好ではないようです。

せっかくの大横綱であるのだから、もう少し懐深く、鷹揚に構えるべきかと思います。

数字・記録の上だけでなく、「心」の面でも「大横綱」・・・もっといえば尊敬される横綱になってほしいですね。

横綱も人間ですからいろいろあるでしょうが・・・・。
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2014年01月27日

大相撲の三賞とは・・・

三賞とは・・・
殊勲賞・敢闘賞・技能賞

(条件)
・関脇以下の幕内力士
・勝ち越し力士

(私の考える各三賞)
殊勲賞 
優勝力士に勝ったり、横綱・大関に多く勝った力士

敢闘賞
優勝や優勝に近い成績を挙げた力士
敢闘精神あふれる力士

技能賞
技能に優れた力士
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2013年09月06日

「1年を20日で暮らすいい男」から「年90日」の本場所へ

昔の江戸時代頃からしばらくは年2場所で1場所が10日間の時代が続きました。

1年のうちわずか20日相撲を取るわけです。

そのため、相撲取りは、「1年を20日で暮らすいい男」といわれました。

のんびりとした時代でもありました。

今でいう大相撲の力士(そう呼ばれていない時代も・・・)は、「プロ」で年に20日の「仕事」しかしていませんでした。

相撲部屋はありましたが、江戸時代などは、力士は藩の「お抱え」で、藩の都合で休場等もありました。

藩の力が大きかったようです。

現在は、年6場所で、1場所当たり15日間で、年に90日間が相撲の本場所です。

本場所だけで、年のうち4日に1回は相撲を取っています。

しかも本場所の間に巡業や「大相撲トーナメント」などのような、いわゆる「花相撲」もあり、力士は結構「激務」です。

のんびりした時代とは大違いですね。

そのため年90日間の本場所などを見直してはの意見もあるようです。
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2013年07月19日

稀勢の里は(12勝)3敗なら、来場所も横綱挑戦は有効との北の湖理事長の見解

角界のトップの北の湖理事長が稀勢の里がこのまま(12勝)3敗を守れば、稀勢の里の横綱挑戦が来場所も有効との見解を示しました。

日本人横綱待望論や大相撲の興行的不振などがあるとはいえ、「ハードルの低い」横綱挑戦となりました。

ただし、来場所は「高いレベル」の優勝争いを求めています。
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2013年07月18日

少し無理があった今場所の稀勢の里の横綱挑戦

今場所の稀勢の里の横綱昇進には少し無理がありました。

先場所、稀勢の里は準優勝の成績といっても、優勝(全勝)の白鵬とは「2差」の13勝2敗で、「優勝に準ずる成績」ではありますが、優勝との「差」があり、稀勢の里の横綱昇進は振り出しかと思われました。

しかし角界のトップ北の湖理事長の「2差」でも準優勝は準優勝、稀勢の里の横綱挑戦は有効との「鶴の一声」で、今場所の稀勢の里の横綱昇進挑戦は有効になりました。

長く続く日本人横綱不在、日本人横綱待望論や相撲協会の興行的不振で話題づくりのため無理やりの横綱挑戦に感じました。

稀勢の里は、今場所5日目までに2敗、7日目に3敗となり、横綱昇進が絶望となっています。

稀勢の里の横綱挑戦は少し無理があったのかもしれません。

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2013年05月31日

十両と幕下の「差」、関取とは十両以上

大相撲では、十両と幕下では厳格の差があるといわれます。

十両以上の力士が関取と呼ばれ、名前を呼ぶとき「〜関」と呼ばれるのを許され、月給も十両以上から支給されます。

もちろん普段の生活の必要な経費は親方より出ますが、給料をもらえるのは十両以上からです。

さらに大銀杏も基本的に(一部例外もあり)十両からで、幕下以下はちょんまげです。

羽織なども十両以上で着用を許されるなど、十両と幕下には大きな差があります。

力士が一番うれしい出世は新十両のときともいわれ、出世の早かった横綱・貴乃花(2代目)や北の湖も新十両が一番うれしかったといわれています。

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